「辻 信一」のコラム
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辻 信一 |
2011年3月11日、日本の東北地方に大震災が起こった日、日本の新しい時代が始まったのだとぼくは思っています。でもそれが日本に限って言えることだとは思えないのです。それは、韓国にとって、アジア全体にとって、いや世界にとっても、歴史の大きな転換点を意味するのではないでしょうか。
古い時代から新しい時代への転換を、今、多くの人々が「脱原発」というひと言で表現しています。本書の言い方で言えば、「原発しないこと」です。ただ、このひと言の中に、単なる原発の有無を超えた、実に豊かな世界史的な意味が凝縮しているのです。
あれをする、これをする。そのひとつひとつが経済成長につながる。そのひとつひとつにエネルギーが必要だ。だから、経済成長とエネルギー消費を増やすことはほとんど同義だったのです。そうやって石油・石炭へ、さらに原子力へ。経済成長自体が目的になってしまったように、増えるエネルギーの需要に応えて、供給と消費を増やし続けることが、いつの間にか自己目的になってしまったのです。
「する」ために、「する」ために、「する」ために、「する」・・・・・
世界には今、500基もの原発が立ち並び、どれもが「トイレのないマンション」状態です。そこから生み出される、行き場のない何十万トンという放射性廃棄物は、今後少なくとも10万年間にわたっていのちを脅かし続けます。これをめぐって、世界中に、中間貯蔵施設とか、再処理工場とか、ありとあらゆる巨大施設がつくられ、その間を廃棄物が行き来するための輸送システムがつくられています。日本での事故をチャンスとばかり、韓国企業が、フランス企業が、アメリカ企業が、原発施設の受注に向けて、アジアの国々でしのぎを削っています。信じにくいことですが、日本の原発関連企業や政府も、遅れをとってはならないと、早くも中国で原発受注に躍起です。
今この瞬間にも、福島の原発では高度に汚染された水が増え続けています。その汚染水の処理をめぐって、フランスやアメリカの企業が浄水のための機械を売り込んでいます。戦争がそうであるように、社会にとっての大きな困難は、常にビジネスのチャンスなのです。ある問題の解決のために何かを「する」。それがまたいくつかの問題を生む。そのそれぞれに対処しようと「する」と、またいくつかの問題が生まれる。こうして、ひとつの「する」がいくつかの「する」を生み、そのそれぞれがまたいくつかの「する」を生む。これが経済成長というものです。
さて、本書を読んでくだされば明らかなように、こうやって「すること」を無暗に積み重ねる時代、それが、今まさにぼくたちが別れを告げようとしている古い時代です。
古い時代の破綻はもう明らかでしょう。そこには未来はないのです。とはいえ、それこそ、ぼく自身が、そしてぼくの愛する人々が生きてきた時代です。恨みごとを言うかわりに、「ありがとう、そしてさようなら」と言おうと思います。
原発にさようなら、古い時代にさようなら。では、それに替わるべき新しい時代とはどのようなものでしょう。その姿がいまだはっきりしないので、不安だと思っている人もいるかもしれませんね。そういう人は耳をすませて、幼い子どもをもった若いお母さんたちの呟きを聴いてください。3・11の後、福島周辺で、日本で、韓国で、いや世界中のあちこちで、親たちは悟ったのです。いちばん大切なものは何か。それは、子どもたちのためのきれいな空気、きれいな水、安全な食べものだ、と。そして、こう思ったのではないでしょうか。神さま、仏さま、どうかそれらをこの子にお与えください。そうすれば、あれがほしい、これもほしい、とはもう言いませんから・・・
空気や水や食べもの。そのすべてを与えてくれる地球。そこで生き続けていく知恵をもつ人間たちの共同体。分かち合うコミュニティ、支え合う社会・・・。それなしには誰も生きていけないこれらのものの大切さを、ぼくたちは3月11日以来、思い出したのです。それをもう忘れないようにしましょう。そうしたかけがえのないものを犠牲にした豊かさなど、みな幻想にすぎません。
人間が幸せに生きていくために必要なモノは、実は、そんなに多くはありません。平和に仲良く助け合って人間らしく生きていくために、「しなければならないこと」もそんなに多くはないのです。そのことさえわかれば、もう大丈夫。
あれも必要、これも必要。あれもしなきゃ、これもしなきゃ、という「もつこと」と「すること」の集団強迫症の時代に、別れを告げましょう。
道教や仏教や儒教などの精神的遺産を、おそらく日本にも増して豊かに現代に引き継いでいる韓国。そこから汲み出される「しないこと」の知恵を糧として、韓国の皆さんが、新しい時代へと、胸をはって踏み出してくださることを願います。そのために本書がささやかな助けとなれば幸いです。
日本と韓国の民衆が手をつないで、世界に、新しい時代の模範を指し示すことができますように。それが、3・11以後、今も続く悲劇を活かす真の道だと、ぼくは信じています。
異常な暑さが当たり前となってしまった夏、横浜にて
辻 信一 (李 珪)
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3・11のあとのシューマッハー
―『宴のあとの経済学』復刊に寄せて―
(月刊ちくま2011年10月号掲載)
辻 信一
3・11直後の焦燥感の中で、ぼくが手にとった本に、E.F.シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』があった。そこに収録されている「原子力――救いか呪いか」を改めて読むと、あまりに鮮烈で、まるでそこから、死後34年目で蘇った著者の肉声が聞こえてくるかのようだった。
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辻 信一 |

親愛なるナマケモノ倶楽部のみなさん、新年のスローな時間を楽しまれましたか。
今日はぼくは俳句会にはじめて出席。ぼくが自選の句は「鼻先の 息のつめたさ いのちなり」。
新年にあたり、2003年に出版された『スローライフ100のキーワード』の中にある、「恐怖」「安心」という項目のところを、以下、転載します。原発のことが出てきたりして、現在の状況ともダブります。また、ナマクラの基本スタンスの再確認を迫られるような感じがするのはぼくだけでしょうか? ちょっと長いですが、よければ読んでみてください。 辻信一
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辻 信一 |
ナマケモノDVDシリーズ第二弾として、自然農を実践している川口由一さんを取り上げた『川口由一の自然農というしあわせ』が10月16日にリリースされました。
草取りから収穫、脱穀と、田畑でいのちたちが巡る様子を追いかけながら、生き方としての自然農を説く川口さんの言葉に、辻信一さんがじっくりと耳を傾けた作品です。美しい映像、心に沁みる音楽、本質的な言葉がきっと、あなたのポスト311を照らしてくれるはず。
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辻 信一 |

数年前、スラック・シワラック師のことをぼくに教えてくれたのは、環境運動家として名高いヘレナ・ノーバーグ=ホッジだった。その時、ヘレナは『幸せの経済学』という映画を製作中だった。富の増大を自己目的化学』という映画を製作中だった。
富の増大を自己目的化学』という映画富の増大を自己目的化した従来のグローバル経済が、環境破壊、格差の拡大、暴力の連鎖、社会問題の増大といった深刻な危機を招く一方で、世界のあちこちで、まったく新しい発想のもとに、ローカル経済を創る動きが始まっている。まだ点のようにしか見えないそれらの動きを線としてつなぎ、さらに面として浮かび上がらせるような映画をつくりたいのだ、と来日したヘレナはぼくに熱っぽく語ってくれたものだ。











